8. 人間の本質に迫る何か

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作物を育てるのに、肥料はいらない──。つまり、本当の「自然の恵み」をいただこうとする気持ち。これは、地球の生き物である人間の、本質的な欲求ではないでしょうか。自然栽培は、そんな人間の欲求から生まれた農業技術なのだろうと思っています。

私は、戦後の復興期にある東京に生まれ、成人式を迎えるまで東京暮らしが続きました。いわゆる高度経済成長と呼ばれた時代の都市生活にどっぷり漬かっていました。すぐ近くに超高層ビルが建つのを見て興奮し、人類が宇宙に旅立つ様子をテレビで視て感動しました。

身近なところでは、テレビゲームやホームビデオが販売されて歓喜し、電車でウォークマンを聞きながら、楽しいマンガ本を読んで笑っていました。

私は、現代の都市文明が大好きです。

大きな建造物も、エンジンやモーターで動く機械やロボットも大好きです。

けれど、ひとつだけ問題がありました。それは「自然とのつながり」です。

都市には、緑がありません。そして、突き詰めて考えると、生き物がいません。きっと、それは私自身の魂が、都市文明の不自然さに拒否反応を示していたのだと思います。社会人になって転勤で東京を離れたとき、「二度とここに戻ることはないだろう」と思っていました。いまでも同じ気持ちです。

ところが、緑豊かな地方の生活を経験して、なお言葉にできない違和感をずっと持っていました。いまは、それが何だったのかわかります。

「自然の恵みである食べ物」が、日本のどこにもなかったからだと思います。

ここから先は、農法特許を持つ自然派ジャーナリストとして、一人でも多くの日本人に発信したいメッセージです。

いまの日本人は、「本来の人間の食べ物ではない何か」を食べ続けています。それは、肥料や農薬がなければ育たない作物に始まり、味覚をマヒさせるような調味料や添加物にまみれた「食べ物のような何か」です。

世界の先進国にも、調味料や添加物はありますが、統計を見ると、日本は異常なほど多くの添加物が容認されています。「異常なほど」です。厚生労働省の公式サイトに掲示されているもので、十分にそのことがわかります。

ざっと数字を挙げると、「指定添加物」が454種類、「既存添加物」が365種類。これだけでも、世界で最も多いそうです。また、香料については、なんと3000種類を超えています。

食品添加物は「安全かどうか?」が問題だと考えられています。安全であることは当然のことで、それそのものは問題になりません。本当の問題は、「偽物を本物に似せるために添加物が使われている」という、誰も否定できない事実のほうなのです。

たとえば、日本香料工業会という団体のサイトには、そのことが明記されています。つまり、優れた香料の開発によって、私たちは「本物を食べている」と錯覚させられ、ちゃんとした栄養摂取ができていないということの裏返しなのです。

そこで、冷静に考えてみましょう。そもそも「本物の食べ物」つまり「自然の恵みの食べ物」があれば、ほとんどの添加物は必要なくなるはずです。また、添加物を製造している業界も、「自然の恵みの食べ物」があってこそ、「本物に似せた添加物」に意味があるはずです。

いまの日本は、「本物」がなくなって「偽物」あるいは「似せたもの」だけが出回ってしまい、「そもそもの本物の味」が何だったのか、ほとんどの人が知らない時代になっているような気がします。

そんな時代のなか、自然栽培を求める声には、人間の本質に迫る何かがあるように思います。

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