4. 栽培方法って大事なの?─後編

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いま、ほとんどのお店で売られている農作物、そしてほとんどのお店で料理されている農作物は、いわゆる「慣行栽培」の作物です。つまり、化学肥料と農薬を使った栽培方法です。

これに危機感を覚えた人々によって、化学肥料も農薬も使わない「有機栽培」が提案されました。それも、ごく最近の40年ほど前の話です。

前編の記事で、栽培方法には「慣行栽培」と「有機栽培」があることをご紹介しました。片方は「化学肥料を使う清浄野菜だけれど、強い農薬が必要」です。もう一方は「農薬は使わないけれど臭い家畜の糞尿を肥料として使用」しています。

どちらが優れているのか、安全なのか、私には判断がつきません。知れば知るほどに、「どっちもどっちかなあ」と思えてくるのです。

そこで、従来とは違う第3の道が登場することになります。

裏のストーリー「肥料を使うのか、使わないのか」
これは、あまりにも常識破りのため、世間から常に黙殺されてきた闇の歴史です。なぜなら、「農作物を育てるのに肥料は必要ない」と言い切るだけでなく、「農薬も一切使わない」と大上段に構えた物言いをする栽培方法だからです。

でも、かっこいいですよね。私は、こっちにはまったクチです。

以前の「先駆者」の記事でご紹介しましたが、肥料も農薬も使わない栽培技術を「自然農法」といいます。その1人である岡田茂吉さんは、当時の人糞農業に疑問を持ち、「本来の自然には、肥料など使わなくても作物は育つ」という考え方を唱えた宗教家でした。

そしてもう1人の福岡正信さんは、化学肥料や農薬の効果を調べる農業試験場に勤務していた技術者で、やはり「農作物は何もせずとも自然に育つはず」と試験場を辞めて、自ら無肥料・無農薬の道を目指した実践家です。

人間は、大勢で社会をつくって暮らしていますが、あまりにも世間の常識からかけ離れていると、「うさんくさい」とか「宗教っぽい」とか、何かと拒絶するほうに意識が働くものです。

岡田さんの提唱する自然農法に傾倒した人たちは”宗教者”であり、福岡さんの提唱する自然農法に傾倒した人は”変人”扱いだったようです。

たぶん、初めて自然農法のことを聞いた人は、こう思うはずです。「もし、そんなことが可能だったら素敵なことだよね」と。それは同時に「そんなこと、できっこない」という意識の現れでもあります。つまり、「信じられない」という反応です。

万が一、自分の庭で試したとしても、肥料も農薬も使わず作物を育てるのは難しく、「やっぱりな。肥料を使わずに育つわけがない」と、むしろ自然農法に反発するかもしれません。

前回の記事では、日本の農地のうち、「有機栽培」の認証を受けている農地が0.2%しかないことをお伝えしました。しかし、自然農法(自然栽培)の農地となれば、ほぼゼロに近いはずです。「肥料を使うか、使わないか」という議論は、それこそ「だれも話題にしない」ぐらい、取るに足らないものでしかありません。

ところが、10年ほど前に、自然農法でリンゴの栽培に成功した木村秋則さんがマスメディアで紹介されると、安全な農作物を求めていた人たちは歓喜しました。木村さんをモデルにした映画まで制作されたほどです。

木村式と呼ばれる方法で、自然農法を志す人も増えてきたようですが、残念ながら、いまだにメジャーにはなりません。無肥料・無農薬で作物を育てるためのノウハウが、やはり確立できていないのです。

これが自然農法にかかわる「裏のストーリー」です。

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